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1 2 3 4 印傅屋パンフレット「鹿革と漆の出会い」より転載


異国のロマンをのせて伝えられた
はるかなあこがれ一「印伝」。

「いんでん」の名の起こりは…
「いんでん」の名の由来は、"インデア"の変化した言葉とも、印度伝来によるともいわれています。寛永年間に、来航した外国人により印度(インド)装飾革が幕府に上納された際に名づけられたと伝えられています。はるかな海を越え、また一方で、シルクロードを経てきたであろう品々に、当時の人々のロマンとあこがれがこめられていたのでしょう。その華麗な色彩に刺激されて、のちに国産化されたものを印伝と呼ぶようになりました。


遠く奈良時代にそのさきがけが。
日本の革工芸の歴史をたどると、遠く奈良時代に、ふすべ技法でつくられた文箱(東大寺蔵・国宝)がよく知られています。革を染める、模様をのせるなど、人々の革を彩る工夫は時代とともに発展しきんてきました。17世紀頃には海外から金からかわ唐革などの装飾革が渡来し、わが国でもさまざまな技法が生み出されました。その一つが、遠祖上原勇七(現十三代)が創案したといわれる甲州印伝です。

 

戦国時代の武将の武具にも。
「いんでん」などの鹿革は、体になじみ、強度をそなえているため、武具の一部としても盛んに使われたようです。戦国時さ弓さ代には、古来のふすべ技法や更紗技よろいかぷと法を駆使した鎧や兜が、武将たちの勇姿を飾り、輝かしい威光の象徴となったのです。江戸時代に入ると、「いんでん」きんちゃくはやみちさいふは大いにもてはやされ、巾着、早道、財布、たばこ莫入れなど、実用と装飾をかねそなえた品々が、庶民に愛好され、"粋"を競いあったようです。これらの貴重な「いんでん」は、現在も印博屋に所蔵されています。

 


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